尊富士(たけるふじ)の趣味は?学歴やプロフィールなども調べてみました

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今、大相撲春場所が大阪府立体育会館(施設命名権契約により、2015年9月1日から愛称「エディオンアリーナ大阪」)で行われています。

今場所で、大いに存在感を示しているのが、新入幕の尊富士です。

相撲にそれほど興味がない私でも、尊富士の活躍ぶりは、耳に入って来ています。

新入幕の初日からの連勝記録を11まで伸ばし、昭和の大横綱・大鵬が昭和35年の初場所で残した記録に並ぶ快挙でした。

記録更新をかけて臨んだ12日目は、同い年の大関・豊昇龍との一番となり、大関の豪快な小手投げで、新記録とはなりませんでした。

しかし、尊富士は、13日目(22日)に、関脇若元春を破って、12勝目(1敗)をあげました。

後続と2差をキープし、優勝に王手をかけました。

つまり、今日(23日)朝乃山に勝てば、優勝です!

それも、新入幕での幕内優勝は、なんと!! 110年ぶり歴史的快挙となります。

そこで、尊富士について調べることにしました。

この記事を読んで分かること
尊富士の趣味
尊富士の学歴やプロフィール

この記事を書いた人
5人の息子を育てながら、中学校の数学の教員を30年間続けました。
退職後、2023年3月に64歳で、ブログを始めようと思いたち、4月10日から公開し始めました。
学生時代は、ピアノ、バイオリン、お琴など音楽系の習い事をしていましたが、現在は、40代から始めた社交ダンス、退職してから始めたヨガなど、身体を動かすことにハマっています。夫と2人暮らし。
母と義母が健在で、時々介護のようなことをしています。

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尊富士の趣味

尊富士の趣味は、伊勢ヶ濱部屋のプロフィールのところには、なんと!

良い匂いのボディークリームを塗ること

と書いてありました!

ちなみに、好物は 馬肉、桃 だそうです。

尊富士の学歴やプロフィール

四股名石岡→尊富士(たけるふじ)
本名石岡 弥輝也(いしおか みきや)
愛称みきやん、令和のF1相撲
生年月日1999年4月9日(24歳)
出身青森県北津軽郡金木町
(現・五所川原市)
身長184.0cm
体重143.0kg
BMI42.24
所属部屋伊勢ヶ濱部屋
得意技突き・押し

四股名の「尊富士(たけるふじ)」は、勇猛果敢な神話時代の英雄「日本武尊」(やまとたけるのみこと)に由来しているとのことです。

成績
現在の番付東前頭17枚目
最高位東前頭17枚目
生涯戦歴56勝8敗(9場所)
優勝十両優勝1回
序二段優勝1回
序ノ口優勝1回

初土俵は、2022年の9月場所だということですので、まだ初土俵からたったの1年半しか経っていないのです。

なんと、頼もしいのでしょうか。

尊敬する人横綱照ノ富士関
好きなタイプ自分が好きになった人
血液型A型
心の師匠祖父母
出身高校鳥取城北高等学校
出身大学日本大学

心の師匠が祖父母というところが、いいなぁと思います。

まとめ

尊富士の趣味は、良い匂いのボディークリームを塗ることです。

尊富士の学歴は、鳥取城北高等学校日本大学出身ということです。

身長184.0cm、体重143.0kgで、新入幕とは思えないほど、身体もしっかりしているし、堂々としているように見受けられます。

先日、取り上げた大の里といい、尊富士といい、若い人が活躍してとても頼もしいですね。

これからの活躍を楽しみにしています。

まずは、今日ですね。

その後(日刊スポーツより【実藤健一】)

110年ぶりの快挙目前に悲運が襲った。
勝てば優勝だった新入幕の東前頭17枚目・尊富士は、朝乃山に寄り切られて2敗目を喫した。
その取組で右足首付近を負傷
自力で歩行できず、車椅子で運ばれ、救急車で大阪市内の病院へ搬送された。
優勝は3敗を守った大の里との2人に絞られた千秋楽、尊富士は豪ノ山との対戦が組まれたが、出場も危ぶまれる状況となった。

異変をすぐに察知したのだろう。
朝乃山に出られた尊富士は、無理に残そうとはせず土俵を割った。
立ち合いはいつものように思い切り、鋭く当たった。
朝乃山得意の右差しを許し、圧力をかけられたところを踏ん張った瞬間。
映像では右足をひねったように見えた。
右足を引きずるように土俵を下り、車椅子で医務室に運ばれた。
右足の膝から下をギプスで完全固定。
会場内で診察した医師は「レントゲンを撮ってみないと分かりません」とだけ説明した。
尊富士は無表情で無言で、大阪市内の病院に救急車で搬送された。
歴史的快挙を目前にだれもが予想しない「待った」が入った。
13日目を終えて12勝1敗。
2番手に2差をつけ、勝てば優勝が決まる状況だった。
1914年(大3)5月場所の両国(元関脇)以来となる新入幕Vへ。
さらに所要10場所の史上最速優勝へ、大相撲の歴史を塗り替える瞬間に、あと1勝と迫っていた。

184センチ、143キロは幕内では小柄な方だ。
鳥取城北高2年時左膝の靱帯(じんたい)を断裂する大けがを負った。
日大でも2年時右膝を負傷
アマで個人の実績は残せず、前相撲からスタートしたのが反骨心となり、今の活躍へとつながる要因となった。
12日目に初黒星を喫し、13日目の朝は稽古場に初めて姿を見せなかった。

「体全身がつったような感じになった。僕も人間なんで。精神的にもきてるのかな」と笑顔で話していた。
張り詰めた心で突っ走ってきた。
意識はなくても、いつの間にか疲労が心と体に忍び寄っていたのかもしれない。
最終盤に襲った、まさに悲劇としか言えない。
自力で歩行できない状況から、単独トップで迎える千秋楽の出場も微妙となった。
対戦相手は、ここまで10勝4敗の豪ノ山が組まれた。
ほかに優勝の可能性を残すのは、3敗を死守した大の里だけ。
いずれにしても初優勝となるが、結末はまるで見えない。

13日目を終えた後、支度部屋で「勝っても負けても自分の相撲をとって、15日間しっかり土俵に上がることだけが務め」と話していた。
強く見せていた、結果よりもけがに対する意識。
最大の懸念が、この局面で尊富士を襲った。

<千秋楽の行方>
◆尊富士が出場
豪ノ山に○→尊富士が優勝
豪ノ山に●→大の里●で尊富士が優勝
大の里が○→優勝決定戦

◆尊富士が休場
大の里が●→尊富士の優勝
大の里が○→12勝で並ぶも決定戦不戦勝で大の里優勝

◆千秋楽休場で優勝した力士 
・73年(昭48)九州場所で、横綱輪島は13日目に優勝を決めたが、右手に6針を縫う裂傷を負い、14日目、千秋楽を休場した。
・89年(平元)春場所で、横綱千代の富士は14日目の大乃国戦で27回目の優勝を決めたが、取組中に左肩を脱臼。千秋楽は休場した。
※輪島、千代の富士は千秋楽までに優勝を決めており、休場して千秋楽に優勝を決めれば、尊富士が史上初となる。
 なお輪島、千代の富士は千秋楽の表彰式には参加している。

千秋楽

押し倒しにて、豪ノ山に勝ち、優勝しました。

おめでとうございます!

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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